デザインと耐震にこだわる静岡県の建築事務所「相場ヒロユキ建築事務所」です。

自然に調和する八角形のサンルーム。

よく晴れた緑がまぶしい初夏のある日。
相場ヒロユキ建築事務所がリフォームを手がけた一軒のお宅に伺った。
浜松の中心部から車で北へ30分。緑ゆたかな高台の地に建つそのお宅は
浜松が世界に誇る電子楽器メーカー「ローランド株式会社」の創業者である 梯 郁太郎様のご自宅。
15年ほど前、相場がリフォームを行った際に増築したという八角形のサンルームで
当時から現在に至るまでの「家づくりと暮らし」についてお話をうかがった。

(取材・文/エンジェルデザイン)

海外の住宅から着想を得たオリジナルのサンルーム。

母屋に増築された一風変わった八角形の部屋は、梯様のご友人であるデンマーク コペンハーゲン在住のエリック グラムコさんのサンルームを参考にして作られた。この地 特有の“強風”にも配慮し、母屋から庭にせり出すような形で建てられている。浜松市北部の小高い丘の上に建つ梯様邸。眼下にはのどかで美しい田園風景が広がるものの、浜名湖から平地を渡って吹き付ける風のせいで、せっかくの庭もベランダも一年を通して過酷な環境だったという。かつて庭だった場所にサンルームを増築することで、風を遮り、光と緑を存分に楽しめる空間が生まれた。

木々と光が壁を飾る、くつろぎの空間。

サンルームの使い心地について梯様にお聞きしたところ、「飽きないねえ、冬は来るけど“あき”は来ないんですよ」 とウィットに富んだご回答。サンルームの窓からは春夏秋冬それぞれに色づく庭の風景を楽しむことができ、飽きが来ないとのコメントにもうなずける。八角形という形に何か意味があるのかと尋ねたところ、形そのものに意味があるのではなく、あくまでも周りの自然や母屋との調和、バランスを考慮してデザインにこだわった結果であるとのこと。
取材をしながら、落ち着くと同時にパワーがみなぎるような、不思議な魅力を感じた。室内はひっそりと静かで、外の強風をまったく感じさせない。

信頼関係とコミュニケーションが何よりも大切。

「私は“お宅のオタク”なんです。家は住むためだけのものではなく、楽しみのひとつ。相場さんにとってはうるさいお客でしょうね(笑)。」
梯様が冗談交じりに語られた。
相場はリフォームの設計に取りかかる前に、母屋の様々な部屋を案内してもらい、梯様の並々ならぬこだわりや家づくりに対する思いの深さを感じ取ったという。また当時は現在ほどCADの性能も優れておらず、仕上がりのイメージを伝える手段として言葉などのコミュニケーションは非常に重要な手段だったそうだ。
もちろん、それは技術が進歩した今でも変わらない。

「リフォームにおいて最も大変な思いをするのはお施主様である」と相場は断言する。リフォームの際、お施主様は家に住みながらの工事となる上、新築以上に時間がかかることも多い。だからこそ、住まう方々の暮らし、気持ちを丁寧に検証しながら工事を進めることが大切であるという。
サンルームの建設が最終段階に差しかかった頃、もともと多忙を極める梯様のお仕事が更に忙しくなり、急きょ入院されてしまう事態に。しかしその間も、ご自宅の工事についてはまったく不安はなかったとのこと。すべての工程を安心して任せられ、完成したサンルームもイメージ通りであったと梯様は当時を振り返る。 

“家の良さ”は、できあがった時ではなく、長く住んで初めてわかるもの。

梯様邸ではサンルームのほかにも、ガーデンテラス、リビングルーム、バスルームなども相場がリフォームを手がけた。
すべてに共通しているコンセプトは「調和」。
例えばガーデンテラス。以前からここに生えていた一本のもみじの木を、切ることなく、生かす案を採用した。
何かを作る時に相場が大切にしているのは、もともとそこにあるもの、そこにある風景、そこにある暮らしや思いに調和すること。
そしてその後の暮らしに溶け込み、生き続けていく家づくりをするということ。

最後に、梯様に「良い家とは何か」と尋ねてみた。
「私は子どもの頃から17、8回も引っ越しを経験しています。戦争でやむなく引っ越しを迫られたこともある。
浜松のこの家は、私の人生において最も長く住み続けている家であり、せっかく浜松に縁あって家を持ったのだから、という思い入れがあります。
家の良し悪しは、長年住んで初めてわかるものだと思っています。今この家に、まったく不満はありませんよ。」

リビングルームの大きな窓から、美しい細江の町とローランドの本社工場が見えた。

(取材・文/エンジェルデザイン)