デザインと耐震にこだわる静岡県の建築事務所「相場ヒロユキ建築事務所」です。

過去、現在、未来をつなぐ「お蔵の家」。

一目見て、その個性的な外観に多くの人は驚くだろう。

表通りから少し奥まった閑静な住宅街。
古いレンガの塀沿いに私道を進んでいくと、駐車スペースの奥に門がある。
その門をくぐると、目の前に建っているのは堂々たる佇まいの「お蔵」。
訪問客も宅配業者も、はじめはどこから入っていいのか迷うというのもうなずける。
招き入れられるままに、そのお蔵に一歩足を踏み入れると
そこにはどこか懐かしい住空間が広がっていた。

一風変わったこの「お蔵の家」には、家族の歴史と記憶が込められていた。
お蔵が住宅として生まれ変わるまでのプロセス、そして「家」によって受け継がれる家族の「想い」を追った。

(取材・文/エンジェルデザイン)

駅からほど近い場所にありながら、時が止まったかのような静けさの中に佇む「お蔵の家」。

150年前に建てられたお蔵を住空間として再生する。


お蔵の入口にて、家主の高橋様(左)と相場(右)。

「むかし祖母から聞いた話によると、このお蔵は150年前、私の祖父の時代に職人が何日も泊まり込んで建てられたものだそうです。」
現在の家主である高橋様(写真左)が語り始めた。
べんがら色に塗られた鉄の扉、家紋が刻み込まれた瓦、しっくいの壁。
このお宅、外観はまぎれもなく「お蔵」である。
高橋様のお宅にはもともと2つの母屋があり、一つの母屋には高橋様のご両親が、もう一方には高橋様ご夫妻が住まれ、その間にこのお蔵が建っていた。8年ほど前に相次いでご両親を亡くされ、古い母屋を解体することになったとき、老朽化したお蔵も一緒に取り壊すという話が出た。しかし、高橋様の心の中には「なんとなく心もとない気持ち」があり、このお蔵をなんとか残せないものかとご夫婦で話し合っていたという。
そんな折、相場が高橋様のお宅へひょっこり顔を出したことから再び縁が生まれ、お蔵のリフォーム工事を請け負うことになった。もともと母屋を建てる際の仕事で知り合ったのがきっかけで、以来古くからの知人ではあったものの、相場が高橋様のお宅を訪問したのは実に20年ぶりだったという。「あのようなタイミングで訪問しようと思ったのは、きっと高橋さんのご両親が僕を呼んでくれたんだと思います。」と相場は当時を振り返る。

人の「想い」を空間に込める。


母屋で使われていたレトロな電照。重厚なお蔵の窓とのバランスも絶妙。

古い母屋を解体するとき、高橋様のご主人が相場にそっと告げた。
「あれは、妻が生まれ育った家なんです。妻の思い出がたくさん詰まっているから、残せるものは残してあげてほしい。」
このとき相場はひとつの決心をした。
「母屋から取り出した素材を使ってお蔵を住空間へとリフォームしよう」と。
通常、家の解体はブルドーザーなどの重機を使って行われる。しかし相場は、母屋からまだ使える建具や建材を取り出すため、手作業で解体する方針をとった。現場の職人たちからは嫌がられたが、自分自身も作業に加わり、時間と手間をかけて少しずつ丁寧に解体を進めていった。
お蔵を取り壊す話が出たときに高橋様が感じていた「なんとなく心もとない気持ち」。
それはきっと、お蔵とともに家族の歴史や思い出が姿を消してしまうことに対する漠然とした淋しさや不安であったはずである。
お蔵を残すことの意味、それはただ建物を残すことではなく、脈々と受け継がれる人の暮らしや想い、記憶をそこに込めることでもあるのだ。

思い出とともに生まれ変わった、新しい住空間。

母屋から取り外された建材や建具がお蔵の中に持ち込まれると、そこには不思議な調和が生まれた。
別々の建物であったにもかかわらず、柱や床はまるで昔からそこにあったようにしっくりと馴染んだ。
艶やかに黒光りする床材は母屋の廊下に使われていたもの。足裏を通して、高橋様がまだ幼い頃に走り回った家の記憶を呼び起こしてくれた。
塗装のはげた箇所や傷をそのまま残した柱や梁も、家族の思い出一つひとつをそこに刻んでいるかのようだった。
「ここにいると、ご先祖様や両親に守られているような気持ちになるんです。」と高橋様は言う。


お蔵の2階はモダンなゲストルームになっている。
ひとつ不思議な出来事があった。
海外で暮らす高橋様の長女が、オーストラリア人のご友人を自宅に招待した際、このお蔵の2階に泊まってもらった。夜、ご友人がふと目を覚ますと部屋に置かれたソファに見知らぬ老夫婦が腰掛け微笑んでいたというのだ。
翌朝この話を聞いた高橋様は、それがおそらく亡くなったご両親であると感じた。なぜかそんな夢のような出来事が、違和感なく現実のものとして受け入れられるような、不思議な空気感がこの家にはある。

素材が持っている力、魅力を最大限に生かす。


お蔵の2階から天井を見上げる。

ふと上の方に目をやると、昔ながらの建具が天井にはめ込まれているのが見えた。細い竹でできた建具の隙間から蛍光灯の灯りが優しく差し込んでいる。
リフォーム前、ここにはもともと平らな天井があった。天井板を剥がしてみると、写真のような大きな梁が出てきた。相場はその梁を生かし、さらに建具と組み合わせることで遊び心溢れる吹き抜けの天井へとリフォームした。
「あれは本当にびっくりしたのよ。まさかあんな風になるなんて思ってもみなかったから。私があれこれ要望を出さなくても、相場さんが次々にアイディアを盛り込んでくれるんです。」 高橋様が当時を振り返る。

古い物や、昔からそこにあるものに価値を見いだし、敬意を払うことについて相場の姿勢は一貫している。
室内の壁にもあえてクロスは貼らず、しっくいの風合いをそのまま生かした。しっくいは呼吸をする。そして、その下に隠れている土壁が断熱材の役割を果たす。まるで家全体が息づいているかのようである。
「柱一本、壁一枚も自然のものから生まれている。だから、家にも感情はあるんです。」と相場は語る。

お蔵のリフォームと併せて行われたのが、高橋様ご夫妻が暮らす母屋とお蔵とをつなげる工事。
ここにも相場のこだわり、そしてアイディアがふんだんに盛り込まれている。
渡り廊下の屋根には解体した古い母屋の屋根瓦を使用。外から見た際の、お蔵との調和を図った。
廊下が途中で分断されているのは機能的な理由から。もともと中庭への通り道であった場所に渡り廊下を増築したため、庭仕事をする際に必要な一輪車がここを通れるよう、通路を確保しているのである。その下には那智石が敷き詰められた。
特に相場が意識したのは、伝統的なお蔵と現代的な母屋というテイストの異なるふたつの空間を違和感なくつなげること。実際にここを歩いてみると、意匠的な造りや庭の景色が気持ちを新鮮にし、渡る人を取り巻く空気感を徐々に向かう先へとシフトしてくれるのがわかる。
さらに、相場はここに、高橋様に内緒でとっておきの場所を作っていた。母屋側の渡り廊下脇に設けたくつろぎスペースだ。ちょっとした時間に庭を眺め、気持ちを落ち着けることができるこの小さな空間は、高橋様ご夫妻にとって一番のお気に入りの場所となった。

「やってもらって良かった」としみじみ思う。


当時を振り返り昔話に花が咲く高橋様(右)と相場(左)

現在、高橋様の2人の娘さんたちは海外で働いている。二人とも年に数回、この家に帰ってくることを楽しみにしているという。
「以前、娘たちに“この家は夫婦ふたりで暮らすには広すぎる”、と話したことがあるんです。それ以来、帰ってくるたびに“絶対にこの家は手放さないでね”と念を押されるようになってしまって(笑)。帰って来る場所があるからこそ離れていても頑張れる、娘達にとっても心の支えのような家なんですね、きっと。」
高橋様がお蔵と共に受け継いだ家族の記憶、そして想いが、こうして未来へと受け継がれていく。

「作り手を信頼できない場合、“できあがってみないとわからない”というのは不安でしかないことです。それに対して今回のリフォームは、最初から最後まで安心して楽しみに待つことができました。あれからもう何年も経っていますが、リフォームして本当に良かったと思っています。家づくりにおいて、誰に頼むかはすごく重要なこと。でも、そこにセオリーはないと思うんです。人も家と同じで、理屈抜きの安心感だったり、フィーリングのようなものが一番大切なんじゃないかしら。相場さんにお願いできたことに感謝しています。」

(取材・文/エンジェルデザイン)