デザインと耐震にこだわる静岡県の建築事務所「相場ヒロユキ建築事務所」です。

家族の暮らしを見守る、数寄屋造り風の家。

浜松市の東部。のびやかな空気に包まれたこの地で、代々農業を営んできた「名倉家」。
もともと築50年の民家が建っていたこの場所に、2013年5月、新たに一軒の家が完成した。
古いものや、昔ながらのもてなしを大切にするご主人のこだわりが込められたこの家は、
正面から見ると平屋建てのようだが、裏に回ると明らかに二階建てという個性的な数寄屋造り風建築。
祖先から受け継いだ土地で、命のつながりや人との絆に感謝しながら暮らす名倉家。
家は、そんな家族の暮らしを見守るかのような包容力と温もりに溢れていた。

(取材・撮影・文/エンジェルデザイン)

家のどこにいても、風・光・人の気配が感じられる。

名倉邸にはエアコンは要らない。外が焼け付くような暑さでも、家の中に入れば風が静かに吹き抜けて涼を運ぶ。風の通り道を考慮して設計されているということは、すなわち「人」の気配も伝わりやすいということ。開放的なエントランス、吹き抜けの天井、格子状の建具など、家の隅々に風・光・人の気配をもたらす様々な工夫が取り入れられている。
自然の音や人の息づかいを常に感じて暮らすということは、部屋を締め切ってエアコンをかけていたのでは決して味わえない、一種不思議な心地良さがある。

名倉邸の建設工事は決して順風満帆に進んだわけではなく、長い期間を要した。
着工直後に発生した東日本大震災で、資材の調達に影響が及び工事は一時中断してしまった。さらに工事が進む中、ご主人と奥様それぞれのお母様が相次いで他界されるという辛い出来事に見舞われる。失意の中で家造りを進めていくことは困難なことだったが、家を完成させるという目標があったからこそ前向きになれたのかもしれない、と名倉様は振り返る。
「母たちに完成した家を見せられなかったことはとても残念ですが、無事に工事を終えられたのは二人の力ではないかと思うんです。」
この家で暮らしていると、二人の母、そしてご先祖様たちにも見守られているような安心感があるのだという。

おもてなしの気持ちを形にした、こだわりの囲炉裏スペース。

玄関の引き戸を開けると、開放感溢れるスペースに備え付けられた囲炉裏が目に飛び込んでくる。思わず腰掛けたくなってしまうようなほどよい段差の小上がりが、まるで訪れる人をもてなしているかのようだ。
この「ほどよい段差」は、足を悪くされているおじいちゃんを気遣って家の様々なところに登場する。靴を脱がずにちょっと腰掛けられる場所に囲炉裏を作ることで、おじいちゃんはもちろん、訪問客にも気軽にくつろいでもらえるよう意図して設計された。ここはまさに、「団欒」を生み出す空間である。

ふと上を見ると立派な梁が十字に通っている。この梁だけは鉋(かんな)ではなく釿(ちょうな)で粗く削られており、さざ波のような凹凸が素朴な雰囲気を醸し出している。木のぬくもり、その下に集う人々。この家が初めて冬を迎える時、囲炉裏に火が入る瞬間が待ち遠しいと名倉様も相場も語る。

こだわりを結集して作り上げられた祈りの空間。

名倉様と相場が「最もこだわって作った部屋」がこちら。 神社を思わせる高い天井の下に神棚が作り付けられている「神殿の間」である。
昼間でも静寂が溢れ、何とも言えない荘厳な空気が漂っている。
「名倉邸で最後に完成したのがこの部屋だった」と相場は振り返る。
建設途中の部屋に座し、光の入り方やものの見え方を綿密に検討した。その際、神棚の左側にある壁を当初の予定よりも低く設計し直した。
そこで生まれた少しの隙間から光が降り注ぎ、部屋全体に清らかな明るさをもたらしている。

機能と美しさの両方にこだわる。

高齢のおじいちゃんが室内を移動しやすいようにとの配慮から、廊下には手すりが付けられている。しかしこの手すり、腰板と一体化しているため一見すると手すりには見えない。また、丁寧に角が取られた角材は触るたびに手に馴染み、年月を経るほどに柔らかさを増していく。壁との間に隙間があり、ちょっとしたものを置けるようになっているのも嬉しい。相場がこだわるデザインには、機能と美しさにちょっとしたアイディアが盛り込まれている。相場が仕掛ける小さなサプライズは、完成後しばらく生活する中で初めて発見されるものも少なくないという。
「“お楽しみ”をそっと隠しておくのが僕の楽しみ」と相場は語る。

将来的に車椅子が必要になった際にも不便な思いをしないよう、ドアはすべて引き戸で家の至るところにバリアフリー構造を採用している。
また、玄関のすぐ脇にあるおじいちゃんの和室は畳敷きの一部が床材になっている。これは、以前の家で畳の上にベッドを置いていたところ重みで畳が傷んでしまったという問題点を踏まえ、床の一部を用途に応じて板敷き/畳に替えられるよう設計された。天井の中央部分がくり抜かれ、そこから梁が見えるのも、ベッドから見える景色にこだわった相場ならではの発想だ。

家族を見守ってくれる家。

着工直後に起きた東日本大震災や身内のご不幸など、様々な出来事を
乗り越えて完成した名倉邸。施主と建築家が改めて「家を建てるということ」について考え、家造りにとことん向き合った2年間だった。
「どんな家ができるんだろうというワクワク感と、相場さんに任せておけば必ずいい家ができるという安心感があったからこそ満足がいくものが出来上がったと思います。」と名倉様。相場もまた、施主の思いがしっかりと理解できないうちは、決して工事に取りかからないというスタンスを守り続けている。

震災後、多くの人が家族の絆や人とのつながりについて見つめ直し、その大切さを再認識する機会を得たであろう。
この家はこの先もずっと、ここで生きる家族の暮らしを見守り続けていく。

(取材・撮影・文/エンジェルデザイン)