JR磐田駅から徒歩約10分。アクセスの良さに加え中心街からもすぐというロケーションながらも、大通りから少し入ることで喧噪を遮り日差しも風も気持ちよい好環境だ。そんな昔ながらの商店街の一角にカフェazureは佇む。
2014年8月、地鎮祭が行われて以来、この店舗付き住宅が出来上がっていく様子を追い続けてきた。
クリスマスにプレオープンイベントが行われ、その週末、27日・28日には内覧会が開催された。
翌2015年1月23日開店。そこから3ヵ月経った4月下旬、「インテリアや空気感なども建物に馴染んで、そろそろ一番良い雰囲気になってきている頃だろう」との連絡を相場から受け、オーナー夫妻のお話を伺いに訪問した。
azureの外観で、まず目を引くのはウッドデッキや太陽光発電よりも煙突だろう。イミテーションでも飾りでもない。客席の角でゆらゆらと炎を揺らしながら建物全体を暖め、料理を温め、見る人の心も温めている。
暖房効果は抜群で、この薪ストーブに火が灯っていればどこにいても他の暖房器具はいらないくらい、厳寒期に活躍する。
立派な風貌から名だたるメーカーの商品かと思いきや、切断した鉄骨をベースにした、知人の手作り品だという。
azureはこの薪ストーブを基準に設計した、と相場は語る。
「お客様に好きな席を選んでお座りいただいています」
店主である元場夫人が語る。
店内に仕切りはないが、大きく4つのエリアに分かれており、座る席によって雰囲気も違う。
入り口から入ってすぐの広いスペースには中央に4人掛けの大きなガラステーブル、中庭を望む窓際にはピアノと並んだガラステーブルがある。
店内西側には一人用席と言っても良いカウンター席。近年の傾向として、カウンター席を有するカフェは非常に少ない。そのためか、若い女性が一人で座られることが多いという。このカウンター席には視線より少し低い位置に横長の窓があり、ぼんやり外を眺めながら物思いにふけるのにも最適だ。季節や時刻によって光の入り方が変わる様を楽しめるように、また外を歩く人と視線が合わないように、カウンターテーブルの高さと窓の位置を試行錯誤した、相場渾身の設計だ。
東側には小さめな木のテーブルを配した通称「カップル席」。中庭を眺めながら会話も弾みそうだ。ちなみにこの席のテーブルと椅子はオーナー夫妻が参加している軽トラ市の仲間による手作り。実はazureの店内にはインテリア以外にも書や絵画、小物などオーナーの知人による作品が数多く使用されている。
北東には大きな木製テーブルをベンチシートと布張りの椅子が囲むスペースがある。他の席との間に通路や階段があるため独立感があり、貸切スペースとしても使える。
さらに店の外にあるウッドデッキは喫煙者やペット連れのお客様に好評。気候が暖かくなるにつれ、ウッドデッキ席を希望される方が増えてきているそうだ。
店内に使用されているテーブルや椅子は知人による手作り作品もあるが、元場様夫妻が横浜のショップまで何度も足を運び、実際に自分たちの目で見て選んでいる。カタログや画面上ではわかりづらい質感や使用感、スケールなどを徹底的に追求したのだ。
例えば洗面台は輸入品をあえて選んだ。外国人仕様のサイズであるため、全体的に高さがあり、背が高い元場様にとっては使いやすいサイズなのだという。
「私も二度ほどご一緒しましたよ。」と語る相場は、自分の作品である店舗付き住宅とマッチングするインテリア選びに参加できたことが嬉しかったようだ。ビジネスだけで割り切ってしまうなら施主の買い物につきあっても何の得もない話だが、最高の満足感を味わってもらうためには時間も労力も惜しまない、相場の心意気が垣間見えた。顧客満足とかアフターサービスとか、そういう次元の話ではなく、自分のセンスを求めてくれる人のためには動かずにいられない、それが相場という男そのものなのだ。
「この照明器具もセクシーでしょ?」…………“セクシー”。時折相場が使う上級の誉め言葉だ。azureの建築中も、現場で相場が骨組み段階の建物に対してこの誉め言葉を使っていたのを思い出した。
店内の、そして居住スペースの至る所に、さまざまな表情の照明器具が使われている。照明器具は元場様ご夫妻が気に入るものが見つかるまでネットで探し、電球の形一つ一つまでこだわったそうだ。
木に包まれた空間は、必ずしも木材の表面を無塗装で使用しているわけではない。よく見ると、木肌そのままの箇所もあれば、さりげなくオリーブで塗られている箇所もある。その位色を主張しすぎていないオリーブ色も、奥様が職人に何度も試し塗りをしてもらい、こだわり抜いて決めた色だという。そう言われてみれば、塗った箇所と塗らない箇所が分けられていて、全体が一つの味を出している。
「厨房を出入りするスイングドアの色はこのプラントボックスの色からイメージして決めたんですよ。」奥様が指したのは、一人用カウンターの上に飾られたサボテンの寄せ植えだった。
「二階の壁はサフラン色。これも随分検討しましたね。」
「二階のトイレはクッションフロアに合う色を選びました。これは相場さんの意見がかなり入っていますけど。」
「軒下のブルーは……」
奥様の色に対する妥協なきこだわりが、言葉にするまでもなく伝わってくる。紺碧の青空を意味する店名にも改めて納得した。
「前の店ではできなかったことが、今の店ならできるので、いろんな事を企画しています。イベントやコンサートも。良いものを創ったり、素晴らしい技術を持っているけれど、お店を持っていないがために多くの人に見てもらえない、利用してもらえない、っていう人がたくさんいる。そんな人達のために役に立てれば嬉しい。」と奥様は語る。
現在夜の営業はしていないが、コンサートは閉店後に行っている。アルコールメニューもあり、駅までも近いので歩いて帰ることができる。いろいろな楽しみ方ができそうだ。
建物二階は元場様ご夫妻の居住スペース。特に仕切りもないため、階段の上もカフェフロアだと思われるお客様が多いのも不思議ではない。
「階段の傾斜角は大工さんがベニヤ板で何度も検証してくれて、私たちが納得するまでとことん付き合ってくれました。」
元場様が語られるように、オーダーメードの家は、建てている途中に様子を見ながら、最初の設計図に変更を加えられるという良さがある。色にしてもそうだが、階段の傾斜までその場変更有り、とは恐れ入った。
そんな家に住んでみての暮らし心地はどうなのだろうか。
「朝起きたとき、天窓から見える空をボーッと見ているだけでも気持ちいいですよ。休みの日なんか、空を見ながらゆっくり朝風呂に入ったりすることもあります。」相場が仕掛けた“天窓”というアイテムは、単に明かりを取り入れるだけでなく、心の癒しとゆとりを生み出しているようだ。
「暮らし初めてまだ3ヵ月位ですが、新しい発見の連続です。例えば階段。上るときと下るときで家の中の見え方や感じ方が違うんです。他にもいろいろあるんですが、とにかくこの家が好きで好きで。今は家に帰るのが楽しみで、早く帰りたくて仕方ないほどです。」そう語る元場様の笑顔は満足感に満ちあふれ輝いていた。
「相場さんとは同じ経営者の勉強会に所属していて、ずっと前からお世話になっています。家(店)を建てる、って決めたとき、迷わず相場さんにお願いしようと思いました。言いたいことを言える間柄だし、絶対に期待に応えてくれると確信していましたから。まあ、これもご縁ですね。」
実はこの土地を見つけてくれたのも、同じ勉強会の仲間で、随所に使用されているアイアンも会友によるものだという。壁を塗ってくれた左官職人さんや薪ストーブを作った方もお客様の知り合いだったりと、実に多くのご縁が繋がっている。
元場様ご夫妻の毎日が本当に幸せで充実していることがひしひしと伝わってきた。気がつくと、いつの間にか薪ストーブの火が消えている。お話に引き込まれていくうちに、長居をしてしまったようだ。
(取材・撮影・文/エンジェルデザイン)